初めての黒人ゲストに、子どもたちは・・・

◆初めての黒人ゲスト

今週から我が家に初めての黒人ゲストがやってきました。

フランス人なのですが、ご両親がセネガル出身なのです。セネガルがフランスの植民地だったことから、フランス語が話せたため、ご両親がフランスに移住したそうです。

父親がパイロットをしているということで、Googleストリートビューで家を見せてもらったのですが、パリから40分ぐらいのところに、とても大きな家に住んでいます。

「えっ!?初めての日本なの??」と思うほど、ものすごく日本語が上手。今まで来たゲストの中で最も上手かもしれません。今回は英語実践のレッスンも残念ながらお休みです。

日本のアニメ「ナルト」を小さい頃から好きで、今は元AKB48の板野友美さんやモーニング娘が大好きだそうです。「えっ?」と思ってしまうのは、私がきっと歳をとったのでしょうね・・・(笑)

9月から福岡の大学に通うため、事前に日本に慣れておきたいと考えて、ホームステイを選んだそうです。

◆長男がとても失礼なことを・・・

これまでも何人か黒人を受け入れしてきましたが、私が日焼けしているぐらいだったので、本当の黒人に会うのは初めてです。

7歳の長男は、「黒くて怖いー」などと、本人の前でとても失礼なことを言ってしまいました。すぐに息子に「それはとても失礼なことなんだよ。」と諭しましたが、長男もあまりまだ理解できないようでした。

日本語の分かる彼は、とても寂しそうな顔していました。心優しい青年です。

彼には本当に申し訳ないことをしてしまいました。。。

 

◆場を和ませてくれたのは次男

 

そんな場を和ませてくれたのは3歳の次男です。

好奇心旺盛の年頃なので、どんどん彼に近づいていって、話しかけていきます。そして、何を思ったか、次男は彼の膝にのり、黒いパーカーのチャックを開けています。しまいには、「これ読んでー!」と絵本まで読んでもらっていました(笑)

息子たちには、世界にはいろいろな人種がいて、いろいろな考え方を持つ人間がいることを、今のうちからどんどん学んでいって欲しいと思います。

 

◆差別「さべつ」ではなく、「しゃべつ」

仏教用語には、差別と書いて、「しゃべつ」と読む表現があります。

現在使われている「さべつ」とは、まるで意味が違います。

差別に、「上」だとか「下」だとか、「優れている」とか「劣っている」とか、偏見の意味をもたせていません。

仏教の考え方では、そのものの性質や能力が、他に比べて際立っている(殊勝)、また、それぞれの異なった独自の姿で存在しているさまのことだといいます。

どいうことかというと、それぞれには独自の姿があり、違うことは当然であり、それぞれが生き生きと存在することをいいます。各々の異なったままの存在と意義を認めているわけです。

さらに、伝教大師と呼ばれる最澄は、「個々の存在が内包する違いを無視した平等は悪平等であり、平等なき差別は悪差別」と述べています。

何でも違いがあることは当然であり、それを無視して平等として同じように扱うのは悪い考え方であり、そのまた逆もしかりだということです。男女平等の考え方も、この原点にたつと、とてもわかり易くなります。

◆差別は「お化け」

私は、差別は「お化け」だと思っています。

お化けは、実在するか、本当にいるか、分からないから怖いのです。

差別も同じです。自分とは違うことに怯えたり、よく分からないから、差別が生まれてしまうのだと思います。

日本は島国で、いろいろな人種の人と交流する機会が少ないです。単純によく分からないという理由やメディアからの洗脳で、外国人を差別してしまうこともあります。

とても悲しいことです。

最澄さんがおっしゃるように、外国人との違いを認め、「日本人として誇り」を再発見しつつ、外国人も日本人も含めて平等であり、同じ地球に住む「地球人」として考えることが大切なんだと、あらためて感じた次第です。

息子たちにも、どんどん学ばせていけたらいいなと思っています。